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2020年2月12日

毎週のように仙台からやってくる「元気いちば好き」と、先日、食事に行きました。

以前は、駐車場から元気いちばに入るにはこの動線というところにチェーンが張ってあって、大きな右矢印がありました。迂回して広小路の横断歩道を渡れと。

そんなのは無視して、チェーンを跨いで道路を横断していたのですが、今では、まともに横断歩道ができています。

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「イカが食べたかったんだ」という彼は、イカが入った海鮮丼(その日の日替りC定食)、私は、写真のさんまづくし定食(その日の日替りA定食)を食べました。

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食べたかったものを食べた彼は、「イカは、仙台で買うよりも石巻で買ったほうが安くて旨い」などと饒舌でした。

私は、窓の外を見やりながら、"ここでは暮らせないな"とポツリ。

堤防などのの工事は進んでいますが、完成する頃には私はここにいません。断言します。

8年11ヵ月前に、いちご歯科クリニックの周囲の堤防は、あと1mほど増水すれば、水が堤防を越えるほどだったのですが、対岸の堤防はほとんどないに等しいほどだったので、失礼ながら、「広大な貯水池」のおかげで被害が軽減されました。

対岸も頑丈な堤防を作って、同じ程度の増水があったら、巨額の費用をかけて作った堤防は、ほとんど無に帰します。

いちご歯科クリニックのある場所は、埋め立てて住宅地として整備する前は、「水押(みずおし)」と呼ばれていました。今では、西側の極狭い所だけに「水押」の地名が残っています。

東の水明地区は、袋谷地と呼ばれていました。現在の旧北上川が北から東、南と通り、文字通り袋状に囲われた谷地でした。、石巻線の線路が2~3階の建物の上を通るかのように見えた田んぼを埋め立てて、まわりを頑丈な堤防で囲って住宅地にしたのです。

袋谷地や水押は、洪水時には市街地を守る広大な貯水池の役割を担っていました。それを埋め立てて、まわりを頑丈な堤防で囲ったわけですから、水はどこへ行くか推して知るべし。

墓参りをする度に、「お前らは馬鹿だよね~!」と、ご先祖様から笑われているように感じるのは気のせいでしょうか?

昨年の台風19号で、北陸新幹線の車両基地が浸水被害を受けました。
2mの土盛り工事をした後で、長野県のハザードマップで「5mの浸水があるかもしれない」と言われた場所に4mの浸水被害があったので、待機していた新幹線車両は2mの浸水被害を受けました。
専門家と呼ばれた輩は、テレビのインタビューに、「これだけ広い土地を5m以上土盛りするのは.....」と言い訳していましたが、それならば、袋谷地の埋め立ても不可能だったはず。もっとも、水明地区で穴を掘ると砂などが出てきますから、'これでは大地震で液状化が起こっても不思議ではないな'と思いますし、実際に、液状化が起こります。

北陸新幹線の車両基地は、さらに3m以上土盛りされることになったそうです。
その分の水は、果たしてどこに流れるのでしょうか。

石巻総合運動公園は、8年11ヵ月前は田んぼで貯水池の役割を担ったので、周囲の住宅地は浸水被害を免れましたが、「貯水池」が埋め立てられたので、昨年の台風19号で、「車が3台水没した」などと嘆く方がいます。石巻市に損害賠償請求もせず。

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いちご歯科クリニック 院長 廣田和好 いちご歯科クリニック
http://www.ichigo-dc.jp/
院長 廣田和好

【経歴】
1967年
宮城県石巻市生まれ
開北小、住吉中、石巻高、東北大学歯学部卒

1999年4月
いちご歯科クリニック開院

2002年4月 自由診療に移行

2004年1月 保険診療再開

ポータブルユニット(持ち運びができる歯科治療器械)を導入し、要介護者の歯科訪問診療にも取り組んでいる。