ないがしろにされた文民統制
原爆の投下候補は、京都、広島、小倉、長崎、新潟などが挙げられたのだそうです。
マンハッタン計画に関わっていたのは、フランクリン・ルーズベルト大統領でしたが、急逝して、ハリー・トルーマン副大統領が大統領に昇格して引き継ぐことになりました。
トルーマン大統領は、実は、女性や子ども達を多く含む一般市民を多数殺戮することは控えたい考えだったようです。
軍側が第一候補にしていた京都は候補から外しましたが、勝手がわからず、広島は軍の施設があると軍側に言葉巧みに騙され押し切られる形で広島に投下。トルーマン大統領が女性や子ども達も多数犠牲になったことを知った半日後には長崎にも投下。
軍側は、原爆投下をさらに続けるつもりだったようですが、文民統制がようやく機能して、トルーマン大統領が更なる原爆投下にストップをかけました。
トルーマン大統領が、原爆投下を決断したとされていますが、実はそれは後付けで、文民統制がなしくずし的にないがしろにされた、大統領の決断なき原爆投下だったのです。
京都に原爆投下されていたら、日米友好などあり得ず、日本は反米国家になったかもしれません。
トルーマンが、もう少ししっかりしていてくれたら......。
虚脱感が言いようないです。